最近、テレビを見ていたら、車に血がついた映像が流れ、、、

「そういえば、この前も新幹線に血がついた映像が流れたなー」

 


映像といえば、YouTubeが急速に発展し、昔よりも映像は身近になりましたね。それと同時に消化する情報の量も確実に多くなっていることでしょう。

ある小学校や中学校ではYouTuberがなりたい職業ランキングで1位や3位になっているようです。子供がインターネットで自分の好きな動画を見ることは現代では普通なんですね。ちなみに子供になってほしくない職業1位もまたYoutuber。

 

血の話

それはさておき、今回は「血」の話です。テレビの規制が緩くなってきた…というお話。


情報番組で事件や事故の映像が流れることは以前からありました。が、事件や事故の現場を映すことはあっても、「血」を見ることはなかった気がします。                                          

しかし、最近、白い車や新幹線にかすれた血の跡をテレビで拝見したり、路上に落ちた乾いた血の跡はよくテレビで拝見します。

我「こんなにテレビで本物の血なんて見てたっけ?」

ここからは想像ですが、以前であれば「血」なんかをテレビで放送してしまうと世のお母様方からクレームが飛び交ったでしょう。

母A子「こんな映像子供には見せられない。」

そう考えるとテレビ側にとって「血」の映像はテレビで放送するにはリスクが高いのでやめておこう。という考えになるはず…

そもそも、「本物の血」をテレビで放送していいんだ。放送規制やら法律やらにひっかからないんですね。

外国では…

外国の情報番組では、「血」はもちろん、「死体」や「怪我人」を情報番組で流すことは普通なよう。ドラマやゲームなんかでも人間の臓器を見せるシーンは多いです。ゲームをやる方はご存知の方もおられるでしょう。海外版はグロテスクなシーンがあるのに日本版ではそのシーンの最中画面真っ暗。音だけ聞こえる。なんてザラです。

それを知ってしまうと逆に日本がそういった映像を流さないことが他の国の人から見ると「何で?」となるかもしれません。

  日本の変化

とはいえ、日本のテレビ番組でも「血」が放送されるようになりました。アニメなんかでも血の表現は普通にされています。

少なからず、日本の放送業界の変化を感じますね。

その変化の要因はたくさんあると思いますが、その一つの要因としてYouTubeがあると思います。

YouTubeが日本の沢山の人に見られるようになり、その影響は子供にまで及んでいることは言うまでもないでしょう。 

YouTubeでは、利用規約はあるもののテレビ番組にある放送基準なるもの。動画基準とでもいいましょうか。そういったものは存在していません。

どういった方法で、不適切動画やチャンネルを消去、停止しているのかは不透明なままでその基準も曖昧です。

ですから、YouTube動画の映像はテレビで放送される番組よりも子供に刺激的な内容や、モラル的に良くない表現、内容が含まれており、親が知らない間にそういったものに子供が触れているかもしれません。


皆さんはどう考えますか?

筆者は。だからといって悪いことばかりではない。と思います。筆者はよくYoutubeを見ます。。。。簡単に自分の好きなことについて知ることができ、また、新しいことを短時間で知ることができます。


そんなこんなでYoutubeは日本中に影響を与えています。日本はちょっとしたYoutube依存になっていますね。たぶん。。

事実、毎日Youtubeを見ている人は多くいますよね。

 


現在ではYouTubeがテレビ番組よりも影響力を持っているでしょう。

 そんなYouTubeに普段触れている私たち…

そんな私たち個々人の「 テレビで放送しても良い基準」にも変化が生じている。と考えます。

例えば

Youtubeで被災の様子を見ていたら、偶然生々しい現場を映像で見てしまった。そんな映像を何回も、何種類も見ていたら、テレビで同じような映像を見ても見た瞬間の衝撃は少ないでしょう。

又、海外のニュース番組をYoutubeで見ていたとしたら、日本のテレビで血の映像を見たり、生々しい事故現場を見ても普通にその番組を見ることができるでしょう。

 

誰の責任か

又、テレビで見たくない映像を見てしまった時、その責任は誰にあるのでしょうか?以前は当たり前のようにその責任は放送局側にあると考ていたでしょう。しかし、Youtubeで見たくない映像をみてしまった時、その責任は誰にあるのか。余程有名なYouTuber でしたらその人に責任があると答える人もいるでしょう。ですが、テレビよりも自分の選択権が強い(自分で選んで見る動画を決定する)Youtubeで見たくない映像を見た場合、自分にその責任があると考えることは容易にできます。

「ホラーゲームを見たい!」

と思って見ていたら、予想以上にグロテスクなシーンがあった。。。でも、その動画を選んだのは自分です。そうなった時見たくないものを見てしまった責任は自分にあると考えることもできます。

 

こうして見たくないものを見てしまったときの「耐性」みたいなものも、Youtubeによって知らず知らず のうちに私たちに植えつけられているのかもしれませんね。

 


今回は筆者がテレビで拝見した「血」を元に、日本の放送業界の変化とそれを見る私たち視聴者、個々人の「テレビで放送して良い基準」の変化。見たくないものを見てしまった時の「耐性」についてお話しました。

いつ廃れてしまうのか。それはわかりませんが、Youtubeは現代の私たちに影響を与える一つの媒体としてとてもとても興味深いものです。

  その影響力について私たちが考えることは今後の私たちがメディアに依存せず利用していくために必要なことと思います。